

| いよいよ私ども江戸っ子にとって、じっとしていられなくなるお祭りのシーズンがやってきます。特に、江戸の下町ッ子にとって、三社祭という存在は、無くては生きていけないほどの行事です。 江戸ッ子の血が宮出しへ沸く五月 玄武洞 は、まさに共感そのものでしょう。 |
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| ご存知のように三社様は、浅草観音のご本尊を海から引上げた二人の漁師兄弟(桧前浜成・竹成兄弟)と土師真中知の3人をお祭りした神社です。 今もって網へ手を出す御縁日 誹風柳多留 の句は、その3人の漁師の象徴でもある三つの網が、そのまま浅草神社の紋章となったことに由来する句です。 |
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| 海から観音様の像が網にかかり、目にした3人はびっくりしました。 さて光る魚と三人初手思い 誹風柳多留70篇 はじめて目にしたとき「光る魚」と思っただろうという江戸っ子の想像の句ですが、その驚きが伝わってきますね。 |
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| 佛体で ないと三つに 分けるとこ 誹風柳多留64篇 観音様の御神体は、わずか1寸8分。とはいえ、黄金の観音さま。こんな金目のものは、仏像でなければ分けてしまったかもしれません。 江戸っ子のいたずらなユーモアです。 |
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| 三人がすくい諸人がすくわれる 誹風柳多留36篇 浅草観音は、庶民の信仰を集め、多くの心を救ってきました。 その観音様のご利益は、3人の漁師がこの像を掬わねばはじまりませんでした。「すくう」を縁語でつかったコトバ遊びですが、よく観音様と三社様の関連を描いています。 |
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| 一日は雨で三社の濡れ神輿 田島歳絵 歳絵さんは、生粋の浅草生れの浅草育ち。三社祭に熱を上げたおちゃっぴーの一人です。三社祭のこの時期は、必ずといってもいいほど雨にみまわれます。 歳絵さんの三社祭は、濡れ神輿の思い出とともに一句に結晶しました。 |
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| 今回の<三社祭川柳>コンクールの選者のひとり、内田博柳さんも生粋の祭り好き。お囃子の音が聞こえると、仕事も家庭も放り出して出かけてしまったこともあったとか。 渡御筋で神輿待つ間の塩結び 内田博柳 は、町役として三社祭に参加した時の句です。 この三社祭では、塩結びのイメージが好適で、にぎり寿司では句になりません。 |
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| 三社祭独特のおどり<びんざさら>は、ゆったりと動く動作が江戸っ子にとっては歯がゆいほどのペース。 びんざさらきのないような舞をする 誹風柳多留 は、江戸っ子の本音かもしれませんね。 |
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このように、川柳は江戸から250年に渡って、三社祭の様子を句にしてきました。<川柳>という句になったとき、そのコトバは、それを読む人との共感に変わります。
平成23年三社祭中止に伴い、三社祭川柳の募集を中止させて頂きます。
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