三社祭

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神輿について

 神輿は祭礼にあたり、神幸祭に際して、ご神体あるいは御霊代がお乗りになる輿の事をいいます。

 神幸とは、ご神体が御旅所(神幸の中継地、および目的地となるところ)に渡御することをいいます。このとき、氏子達が担いで各地区を練り歩きますが、こうすることで神様に各地区をご覧頂くのです。

 神幸の途中、神輿を上下左右に振り動かしたり、わざと荒々しく揺さぶることで、神輿に坐す神様の「魂振り(たまふり)」を行い、これにより神様の霊威を高め、豊作や豊漁、疫病の退散がなると信仰されているのです。

神輿

 浅草神社には3基のお神輿があり、祭礼の際は、一之宮には土師真中知命、二之宮には桧前浜成命、三之宮には桧前竹成命の御神霊をそれぞれお移しし、町中を渡御します。

 戦前にあったお神輿は徳川三代目将軍家光公により、寛永14年に建造寄進されたもので、300年間担ぎ抜かれました。

 昭和2年、文化財の指定を受け、保存されることになり、新しく3基のお神輿を新調ししました。

 しかし、戦災により四之宮(明治初年、田町で新調した東照宮の神輿)を含む新旧7基全てを惜しくも焼失してしまいました。現在の神輿は氏子四十四ヶ町により、一之宮、二之宮が昭和25年に、三之宮が昭和28年に奉納されたものです。

四之宮四之宮
※四之宮は戦災で焼失しております。

 元々は町神輿として田町で作られたお神輿でした。しかしあまりに重かったため、町会で担ぐ人がいなくなり、浅草神社へ奉納されました。祭礼の際は、東照宮の御神霊をお移しし、四之宮として担がれるようになりました。

 重いといっても他の三基の宮神輿に比べると軽く、動きやすかったため、担ぎ手がわざと乱暴に担ぐ事もあったため、『暴れ神輿』の異名をとっていたそうです。

大正12年5月撮影

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