被官稲荷神社

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被官稲荷神社

御祭神

被官稲荷神社

創 建

 安政元年、新門辰五郎の妻が重病で床に伏したとき、山城(現、京都府南部)の伏見稲荷神社に祈願したところ、その効果あって病気は全快しました。そして、同二年、町の人がお礼の意味も込め、伏見稲荷神社から祭神御分身を当地に勧請しました。その後、小社を創建し、被官稲荷神社と名付けられ、現在浅草神社の末社としてその境内に祀られています。名称の由来は不明ですが、被官とは官を被(こうむ)る、ということから、就職・出世と解せばよいでしょう。被官稲荷神社正面の鳥居は新門辰五郎により奉納されたものです。

例大祭

毎年3月18日に行われております。例大祭についてはこちら。

社 殿社 殿

 このお社は安政二年に創建されたもので、一間社流造といわれております。社殿は杉皮葺で、創建以来のものであり間口1.5メートル、奥行約1.4メートルと小さいが、覆屋を構えて保護しています。覆屋は大正期の建築物でしょう。また、社殿は先の関東大震災、東京大空襲にも奇跡的に焼け残った大変貴重な建築物です。

稲荷神社と狐の関わりについて

お姿 古来から日本では、山や森、樹木に神様が宿るとされ、ご神木としてお祀りされている例があります。これと同様に、動物にも神様との関わりを認めてきました。動物に対する信仰は、やがて動物を特定の神様の、その神意を伝える使い(使者)とする信仰へ展開していきました。

 これらの動物の代表といえるのが、お稲荷さんの狐です。

 稲荷神社の御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とも書き、『宇迦』とは食(うけ)の意味であり、食料をつかさどり、稲の成育を守る神様です。稲荷とは稲成り(いねなり)、つまり稲が成育することを意味していると言われています。

 中世から近世へと、商工業が発達するに従って、従来のように農業だけでなく、衣食住と諸産業の神様として崇敬されるようになりました。

 狐が稲荷神社の使いとされた理由としては、御祭神の別名である御饌津神(みけつかみ)のその文字に、狐(ケツネ=キツネの古語)を使い、三狐神(みけつかみ)と記したため、あるいは秋の収穫の際、黄金に実った稲穂を稲荷神社にお供えすると、垂れ下がった稲穂が狐のしっぽに見えるため、などと様々な説があります。

 いずれにしても狐という動物は、私たちの先祖がその生活の中で接することの多かった親しい動物でもあり、おのずと稲荷神社の使いとしても信仰が定まったのでしょう。

御祈祷について

被官稲荷神社で御祈祷を希望される方は、浅草神社社務所にて受付を行っておりますので、そちらの方でお申込下さい。

お問い合わせ・連絡先

浅草神社社務所にて受け付けております。

浅草神社社務所
TEL:03-3844-1575
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